【4】講師が連れてきた戸惑い

卒業式の日、私はZさんに会いに行かなかった。
会うのが、とても怖かったからだ。
でもZさんが、やっぱりいい方だったなと思ったのは、私との最後の会話について、
学校で変なうわさとなって流れることはなかったことだ。

 

私は、自分が学年を重ねるたびに、Zさんに対して私がしていたように、
自分自身が後輩たちに慕われていった。
私に話しかけるのに緊張をしている後輩や、何でもないことを嬉しそうに話をしてくる後輩を見て、
私は一緒のテンションにならないように、できるだけ冷静に対応をした。
私は「同性愛者」という言葉を強く意識し始めていた。
自分はおかしい。
変だ。
なぜ女性を気にしてしまうのだろう。

そして、あまり人と関わらないようにしようと決めた。
自分でできることは、自分できちんとしよう。
相手にもあまりかかわらないようにしよう。
チームワーク内の、自分の立ち位置は明確にしよう。
相手を好きになってしまっては困るし、相手も好きになられても困るだろう。
私は、友人との2人きりを避けるようになった。
なるべく多くの人がいる中へ入り、遠巻きにみんなを見ているようにしていた。

彼女たちと仲良くなって期待をさせてはいけない、その思いが大きかった。
遊びや集まりなど、彼女たちと多くの一緒の時間を過ごす誘いを、
私はできるだけ断った。
なるべく同級生の仲間内にいるようにして、かつグループには所属しきらないようにした。
そうしたこともあって、学年や住む地域に限らず、私の交友関係は浅く広いものとなった。

今は、この交友関係はほとんど残っていない。その話は、また社会人の恋の話のときに。

 

 

当時はよく、友人間で手紙を書いていた。
可愛いメモ用紙を使ったり、折り方を工夫したりと、文章の内容はともかく流行りのようなものになっていた。
そんな中一番驚いたのは、後輩に気持ちのこもった手紙をもらった時だ。
中学生ではありきたりの話かもしれないが、下駄箱に可愛く折られた手紙が入っていた。
女の子の字だった。
差出人は、文化祭絡みで関係のあった子だった。
内容は、お礼が主だったのだけれども、後半からは日々の私への思いが書かれていた。

読んでいて、Z先輩に恋をしていた頃の自分を思い出し、手紙の主の気持ちに答える勇気のない自分が申し訳なく、数日悶々と過ごした。
でも手紙をもらったからには、返さないといけない。

私はそう考えて、

 

「視野が広がるたびに、いろいろな人に出会えるよ」

 

そういった内容で返したと思う。
彼女の下駄箱を探し、随分遅くなった返事をそこに置いた。

その後の、手紙の主の思いはわからない。
Zさんも、手紙の主も、今は素敵な女性になっていることを願っている。

 

 




つづく。



にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ビアン(アダルト)へ
にほんブログ村
↑ 他のビアンの方々のブログも、
良かったら覗いてみてください。