【3】思い出すと、恥ずかしくて少し心が痒くなる思い出。

【3】思い出すと、恥ずかしくて少し心が痒くなる思い出。

勉強ができて、容姿も美しいMにも弱点があった。
彼女は運動が苦手だった。

ドッヂボールをすれば、誰よりも早くボールに当たりアウトになり、
バスケットボールをすれば相手のゴールにシュート、
陸上競技はスタートの反応が悪く、足も早い方ではない。

そんな彼女を見て、私はいつもにこにこしていた。
決して呆れて笑っていたのではない。

 

「この女性は勉強はとてもできるのに運動は音痴で可愛いな」

 

と子犬を見るような気持で、にこにこしていたのだ。
そしてそんなちょっと失敗した子犬のような彼女を見ているときだけ、
私は彼女に気軽に話しかけることができた。

 

 

結局は、軽く彼女のお嬢様感をからかってしまう会話になってしまったのだけど。
そんな私を見て、行動派のお嬢様は怒らないわけがなく。
そのうちムスッとして、私に

 

N:「そんなにやにや見ているなら、私にスポーツを教えてよ!」

 

といってきた。
中学校の先輩との思い出以来、私は深く人と関わらないように、
高校でも気をつけながら行動をしていた。
なるべくみんなの輪にいて、なるべく特定の人と長時間の会話をしないようにしていたのだ。

だからそうしてきた私にとって、この言葉は思いもよらない一言だった。
私は、一度は断った。
だけど彼女に無理やり押し切られ、複数人でバドミントンをしようという話で落ち着いた。

はじめの頃は盛り上がり10数人でバドミントンをしていたのだが、
部活動が本格的にはじまり、だんだんと一緒にバドミントンをするメンバーが減ってきて、
いつの間にか私とNと2人でするようになっていた。

 

バドミントンといっても、打ち合いではなく、ずっとラリーをしていた。
時にシャトルに愚痴を込め、時にお互いの夢を込め、2人で会話をしながらラリーをしていた。
私の言葉で彼女を怒らせたときは、彼女は無言でラリーをしていたし、
また機嫌がいい時はずっとにこにこしていた。

わかりやすい女の子だった。
不思議なのは、彼女はいくら怒っていても

 

N:「ラリーはする」

 

ということだった。
彼女とのラリーは、だんだんとお互いに飛距離も伸びてきていたため、
かなりの距離を保ってするようになっていった。

彼女の話す言葉が聞こえなくて

 

「え?何ぃ?」

 

と私が大きな声で聞き返すことも多くなった。

そんな時、彼女は嬉しそうに笑っていた。
何かいたずらをして隠している子のような、そんな嬉しそうな顔をするだけで、
結局何を言っているのかいつも教えてくれなかった。




つづく。



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