【7】誰かの言葉が、自分の背中を押してくれた。

【7】誰かの言葉が、自分の背中を押してくれた。

自分が同性の女性を好きになってしまうことを、
私は厳格な親には全く言うことができなかった。
もちろん親友以上の関係だと思っているNにも、他の友達にも言うことができなかった。

そんな時に、私は現実世界にある投げかけを行った。

 

 

私の学校には名物教師がいた。
その教員のとある授業では、毎回授業の始めごとに、
生徒に今の思いを匿名で記入させるというイベントを行っていたのだ。

その書かれた思いは、教員がいくつかをピックアップし新聞式にまとめ、
次回の授業前に配布する。
生徒はその記事を読んで、また自分の思いを記載する、その繰り返しだった。

 

 

その日も変わらずに、数回前の授業で自分たちが書いた思いがまとめられた新聞が配られ、
またA5サイズの記入用の用紙も配られた。
生徒はいつも無言でこの新聞風のものを読んでいた。
その日私はこう書いた。

 

「好きです。でも私は言ってはいけないのです。私は自分の思いをどうすることもできません」

 

自分が書いたこの言葉を、私はじっと見つめていた。

私は、間違っているのだろうか。

 

 

日は経ち数回の授業のあと、
私が書いたこの言葉が書かれた新聞が配られた。
その日も、その新聞を読む生徒の様子は変わらなかった。
もちろん、私の席から見えるNも。

 

でも、この記事を生徒が読んでいる。
Nも読んでいる。
私は不安と嬉しさで、自分の感情が高ぶっていた覚えがある。

生徒たちは、また新聞を読んだ後、
その時の思いを次々と新たなA5の用紙に書いていた。
私は、記事に載った自分の言葉を見つめていた。

私は、これからどうしたらいいのだろう。

 

 

すると翌々回の時だったと思う。

教員が配ったその新聞に、見つけたのだ。

 

 

?:「好きと言ってはいけないと思っているのは、あなただけです」

 

 

そう、新聞に載っていた。

当時の私は、この言葉が自分に当てたものだと想像した。
飛び上がりそうなくらいに驚いたことを、よく覚えている。
一体誰が書いたのかはわからなかったが、クラスの人には間違いない。
もしかしたら、Nなのか。
いや、それはわからない。

 

好きとは・・・・・言ってはいけないのだ。

いけないのだ、ダメなのだ。
私は、みんなのように異性を好きになるのではない。

 

私はね、同性愛者なのだから。




つづく。



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