【4】無責任な自分

私は、男になりたかったわけではないのは、彼女は知っていた。

彼女だって、男になるつもりはさらさらないはずだ。それをすべてわかって「男になってよ」と、この言葉を言うということは、
別れの言葉を意味していた。

「男にはなれません」

T姉:「なら、さようなら」

「ごめんね、仕事・・・馬鹿にして」

T姉:「・・・。」

私は、大学を卒業した後、何度か彼女にメールをしたことがあるが、一切返って来たことはない。

彼女は私のセクシャルを理解してくれたのに、私は彼女の専門職への思いを理解してあげることができなかったのだ。
受け入れてもらえないのは当然かもしれない。

だけれども、世の中の巡りとは、なんて不思議なもなのだろう。
私は、1年寄り道をして、夢+専門職になった。

きっかけは、とある専門職の人にかけてもらった言葉から人生の歯車が回るのだけれども、ここはビアンの話とは関係ないので書かないでおく。
新しい仕事についた時に、彼女にメールした。
彼女からは、もちろん返信は無かった。
そして、高校の時の恋人Nが通っていた大学にこの専門の学科があるのだけれども、その学科で私は2度講師として教壇に立ったことがある。

世の中の巡りとは不思議なものだなと、あの日は心から思った。
今までを世話になった多くの人が、壇上から客席に見えた。
あとで、友人から聞いた話だけれども、T姉さんはその友人から、私が夢+専門職の仕事をしていると聞いて人目をはばからずに泣いたらしい。
彼女の思いはどんなものだったのかかわからないけれども、彼女を泣かすことをした自分が、その話を聞いて、実は少し罪悪感だった。

だって、私はT姉さんと付き合っている間、彼女が泣いている姿を見たことが無かったのだから。
私が行ったNの通っていた大学での講演の当日は、彼女は来ていたらしいことを、その3年後に自分の大学の同期から聞いた。
私がした講演の話を、T姉さんも聞いていたのだ。私は、考えたこともなかった。

私は、T姉さんにどこまで恋をしていたのか、今となってはよくわからない。
いつ好きになったのか、いつ彼女を恋人と感じなくなったのか、その堺が良くわからない恋だった。
付き合い始めたのも、明らかにNを忘れるためだった。
だけれども、T姉さんと合わなくなっても、Nの事は忘れることができなかった。
T姉さんには、どことなく罪悪感が残ってしまい、心の中でいつも謝ってしまう、そんな存在になっていってしまう。

私が大学を卒業できたのも、仕事を得ることができたのも、T姉さんの存在があったからだ。
でも私は、T姉さんに何をしてあげることができたのだろう。


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