言葉が音で聞こえる時がある

言葉が音で聞こえる時がある

自然・生命に関する書籍を読んでいるときに、とある詩に出会いました。

 

『生命の惜しみない利他性』

樹木は育成することのない
無数の芽を生み
根をはり、枝や葉を拡げて
個体と種の保存にはあまりあるほどの
養分を吸収する。

樹木は、この溢れんばかりの過剰を
使うことも、享受することもなく自然に還すが
動物はこの溢れる養分を、自由で
嬉々としたみずからの運動に使用する。

このように自然は、その初源からの生命の
無限の展開にむけての秩序を奏でている。
物質としての束縛を少しずつ断ちきり、
やがて自らの姿を自由に変えていくのである。

著:フリードリヒ・フォン・シラー

 

 

 

この詩を読んだ時に、頭の中に響いた言葉の音が、とても気に入ったのです。

訳した人は、うまく訳している。この詩の原文も愛していて、とても気に入っている人だと思った。

 

ただ、私はこの詩の内容の意味については、よくわからない部分があったのでした。
意味ではなく、音しか頭に残らないのだ。

その話を恋人にすると、

「訳者が頑張りすぎたのかな」

と言っていた。

 

ちなみに、この詩は建物3階分の高さがある大きなアート作品に転写され、立体彫刻として横浜のみなとみらい駅に設置されているよです。

詩を作成したシラーさんは、デンマークのアウグステンブルグ公宛てに、27章の手紙の一部としてこの詩を書いている。

 

原文はドイツ語で私には発音できないのだけれども、いつか原文の発音も楽しんでみたいものです。

 

 




つづく。



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