私が恋人と同棲しない理由。

漠然とですが、「自分が見たことのない世界は、いったいどのようなものだろう」と、考えるのです。

言葉で表すことができなくて、それは絵でも表すことができなくて。
要は、自分も見たことがないから、表現することができないのですよね。

もちろん、ポジティブな世界であってほしいと思っています。
笑顔になるような、世界であってほしいと思っています。

昔、20代の頃ですが、
同世代のノンケの人に、「付き合っている人がいるのに、なぜ結婚しないのか」と聞かれたことがありました。

私の恋人は同性愛者なので、結婚はできません。
なんて、口が裂けても言うことができなくて。
うまく言葉を返すことができなくて、すごく嫌だった思い出があります。

またビアンの人にも、
「一緒に住まないの?」「いつまでも遠距離でいるんだね」
とコメントをもらったこともあって、
その時はお互いに仕事の圏域が今住んでいるところにあるから、なかなか仕事を辞めることができないために、
ずっと遠距離で過ごしているというような、そんな言い方をしてきました。

30代を超えて実家暮らしだと、自立していないとか、親の膝かじりだとか、あまりいい言葉をかけられない現状もあります。
ビアンでも、一人で暮らすべきではないか、という話とかね。

でも、最近明確に私は気づいたのです。
私には、「見たことがない世界を見てみたい」という、目的があるのです。
その世界はどのようなものかという具体的な内容は、先にも書いたように、無いのですが。
私の目標はそこにあります。
ただ、一つ言えるのは、今の恋人が追い求めている世界を、二人で一緒に見たいのです。
そのためには、二人で住むとか、カミングアウトをするとか、そういうことは必要がないのです。
むしろお金や、専門的知識や、人脈だったりするのです。

だから、いつまでたっても、私のビアン生活は大きな発展が無いのだと考えが行きつきました。
目的を達成するための手段として、今のところ必要がないのです。

もちろん、二人で同居している人がうらやましかったりもします。
でも、私が同居したからと言って、「見たことがない世界を見てみたい」という私の思いは叶わないのです。
つまり、その一緒に住んで見える景色が、私の望む「見たことがない世界」ではないということなのです。

そんなの住んでみないとわからないじゃないか、なんていわれるかもしれません。
そうですよね、そうなんです。
でも今年も最大連続1か月半、また1年の3分の1の日を一緒に過ごしました。
ですので、決して一緒に住んだことがないわけではないのです。
そこから見える成果ももちろん面白いものでした。
楽しいものでした。

だけどそこから得た発見というものは、「見たことがない世界を見てみたい」を見るうえでの下積みというのでしょうか。
違うんですよ。
うまく言葉にできないのですが、違うのです。
同棲や結婚では得ることができない世界を、私は探しているようです。




つづく。



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